間違いだらけのUXデザイン

「デザイン思考」という言葉が近年流行りとなりました。それに伴い、UX(ユーザーエクスペリエンス)デザインならびにUIデザインという言葉に、まるで魔法のアプローチであるかのような過度な期待がかかっているように感じます。日々UXのプロジェクトを行っていると、「UX/UIをやりたい!」というお声がけを多々いただくのですが、礎であるビジネス戦略が曖昧なままでは、そのアプローチは効果的ではありません。

ここで改めて、UXデザインとビジネス戦略との関係について、オライリーから出版されている「UX戦略」(ジェイミー・レヴィ著)をベースにまとめてみます。

似て非なる「UXデザイン」と「UX戦略」

狭義のUXデザインは、インタラクティブデザイン、情報アーキテクチャといわれることも多くあります。また、広義のUXデザインはユーザー体験のデザインが代表的なものです。つまり、UXデザインは、ビジュアルデザインの範疇にとどまりません。UXという言葉は、場合によってはCX(カスタマーエクスペリエンス)ともいい換えられることもあります。ひどく曖昧に、UXという言葉は使われているようです。

ビジネスサイドからUXをみると、「UXデザイン」と「UX戦略」と二つのカテゴリーに分類することができます。オライリーから出版されている「UX戦略」の著者ジェイミー・レヴィは、「本来、UXデザインとUX戦略はふたつのまったく異なるものだ」と著書のなかで言及しています。デザインとは、何かを創作してアウトプットすることで、戦略とは創作する前に作戦を考えることとして区分されています。その上でUX戦略とは、UXデザインとビジネス戦略が交差する場所だと、とも言及しています。

UX戦略とビジネス戦略の関係

ジェイミー・レヴィは、UX戦略には、人によって違うかもしれないがという前置きと共に4つの基本要素が存在すると説明しています。ここでは本書の内容をもとに、最近の事象も含めて説明していきます。

4つの基本要素
ビジネス戦略・価値の革新・検証のためのユーザー調査・革新的UXデザイン

「ビジネス戦略」は、簡単にいうとどの市場で何をするか(何で利益をあげるか)を決めることです。市場の選択がされると、もちろんそこには競合サービス、もしくはそれに代替するサービスが存在します。そこでその市場において、提供するサービスがユーザーに何の差別化を提供するかが、「価値の革新」です。本書では、価値の革新は、「新しさ」、「使いやすさ」、「提供価格」に分解することができると説明されています。

「検証のためのユーザー調査」とは、市場が決まり、そこに価値の革新というアイデアが本当にユーザーを魅了することができるかを検証することです。そして最後に「革新的UXデザイン」は、ビジュアルデザインならびにメッセージ性を含みながら、そのサービスが快適な体験をユーザーにもたらすことを指しています。

どうすればUXをビジネスで活用できるのか?

UX戦略もしくはUXデザインは、ビジネス戦略を進めていくにあたり、重要な要素です。逆に、ビジネス戦略を間違うとUXは十分に役に立ちません。ビジネス戦略の根幹である市場の選択や競合戦略の分析を見誤れば、どんなに優れた価値の革新やユーザー調査、ならびに革新的なUXデザインも、成功には役立たないものとなってしまいます。

しかし、ビジネス戦略として弱い場合も、UX戦略がその成長を促進させ、変革をもたらす例が少なからずあります。今回、UX戦略をフル活用している例として、先日、サービスリリース後2ヶ月あまりでDMMグループに70億でバイアウトしたCASHを取り上げてみたいと思います。

CASHはスマートフォン、バッグ、靴といった売りたい中古アイテムの写真とブランド、コンディション(商品の状態)を入力すると、その場で買い取るサービスです。CASHの運営元である株式会社BANKのCEO、光本氏は東洋経済ONLINEのインタビューでDMMへの売却のニュースについて次のように言及しています。(参照: http://toyokeizai.net/articles/-/198258?page=2)

記者: ネットオークションにはすでに「ヤフー・オークション(ヤフオク)」などの先行サービスがあり、今は新しいフリマアプリも急成長しています。後発のCASHはなぜそんなに人気を集めたのでしょうか。

光本氏: 新興のフリマアプリが急成長したのはヤフオクより手軽だったからだと思います。

つまり、個人売買というサービス(市場)は既にネット大手のヤフーが手がけていたところを、新たにユーザーにとっての手軽さ(UX)を追求することによってメルカリを始めとするフリマアプリは急成長を実現できた、ということになります。従来のプレイヤーがいる中で、スマホに特化してアプリで出品の手間を軽減することによって、価値の革新を行ったというわけです。

そしてまたフリマアプリのUXについて、CASHは以下のようにも注目しています。

光本氏: 一方で利用者の間には「フリマアプリ疲れ」という声も聞こえてきます。フリマアプリでアイテムを高く売るには、きれいな写真をアップしなくてはならないし、気の利いた売り文句も必要です。買い手からの問い合わせにいちいち答えるのも面倒だし、梱包もきちんとしないと評判が悪くなる。

光本氏は、メルカリで問題視されていた現金の売買に端をみるように金利を払ってでも現金をいま必要としているユーザーという市場を見出し、その欲望の本質を「お金をすぐに手に入れたいんだよね?」とよりストレートに見出して、その観点でUXを書き換えたのです。CASHという名のもとに価値の革新を行った、とも言えるでしょう。

恐らくCASHの場合には、リリース前に検証のためのユーザー調査というプロセスは踏んでいないと思われます。ただ、「お金をすぐに手に入れたいんだよね?」というユーザーの本質を見抜き、人の欲望をダイレクトかつ簡単に実現するためのアプリに仕上げていくことを中心に据えたことにより、UXデザインや実装段階での迷走は少なかっただろうと推察します。記事の中で光本氏が「CASHというサービスは壮大な社会実験」と称しているように、検証のためのユーザー調査をリリース前ではなく、リリース後に大掛かりに実施した、ともいえます。

光本氏をはじめとするCASHのチームは、フリマアプリの隆盛をみて本能的に市場機会を見出し、UXを再定義し直したことによって爆発的に利用されるサービスとして市場に投入できるとなると、確かに優秀なチームなのだと理解することができます。実際に、DMMの亀山社長が支払った70億円の根拠は、CASHというアプリそのものではなく、CASHの光本氏というアントレプレナーならびにそのチームの力がその根拠だったとされています。

たかがUX、されどUX

ビジネス戦略が明確でないと、いくらUX戦略とUXデザインを頑張ったとしても、そのビジネスはうまく行きません。UXは、魔法の杖ではないのです。一方で、CASHの事例でも見たように、すでに先行サービスのあるエリアでも、利用ユーザーの欲望の本質を明確にして「価値の革新」を行うことによって、そのサービスは爆発的な成長をすることもあります。

ユーザーの欲望の本質を明確にするには、「バリュープロポジションキャンバス」、もしくは「ビジネスモデルキャンバス」を利用することによって図式化できます。UX戦略とUXデザインをビジネスに活用する場合には、プロジェクトメンバーで、この前提からすり合わせていくことでプロジェクトの成功確率は高まるのではないでしょうか。

次回はUXの評価について説明したいと思います。

ABOUT US
Yoichiro Shiba
大手シンクタンクにて金融機関むけのシステムコンサルティング業務に従事後、ソフトバンクにて海外ベンチャーキャピタルとの折衝、投資案件のデューデリを担当。当時ソフトバンクグループ会社内の最年少役員。その後、一部上場企業を対象に投資事業ポートフォリオ再編、バイアウトのアドバイザリー業務を提供、複数のIT企業の役員歴任。ロータリー財団の奨学生としてドイツBielefeld大学にて社会哲学を専攻。
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