生成AIの進化によって、プロトタイプの作成やコード生成、テストの自動化など、プロダクト開発のスピードは大きく向上しました。一方、AIを組み込んだプロダクトでは、「デモではうまく動いたのに、実際の業務では期待した結果が出ない」「モデルや参照データを変更したら回答品質が下がった」といった、従来のシステムとは異なる難しさも生じています。
そこで注目されているのが、AIに関する研究とエンジニアリングをつなぐ「リサーチエンジニア」です。本記事では、リサーチエンジニアの定義や求められる背景、AIプロダクトの評価で担う役割を解説します。
リサーチエンジニアとは?

リサーチエンジニアは、研究によって得られた知見を、実際に動くシステムやプロダクトへ落とし込むエンジニアです。一般的には、論文や新しい技術の調査、実験環境の構築、モデルの学習・評価、実装や改善などを担い、研究とプロダクト開発の橋渡しをします。
ただし、リサーチエンジニアに統一された職務定義があるわけではありません。たとえばOpenAIの採用情報では、大規模な分散機械学習システムの設計・実装・改善や、アルゴリズムを支える技術開発が役割として示されています。一方、AIプロダクトを開発する企業では、LLMやRAG、AIエージェントを調査対象とし、ユースケースに適した構成の検証、評価基盤の整備、テストの自動化などを担うこともあります。
求められる専門性も組織の目的によって異なります。機械学習モデルの性能向上を重視する組織ではデータサイエンティストや機械学習エンジニアに近く、大規模な学習・推論環境を扱う組織ではインフラエンジニアに近い役割になります。AIプロダクトの開発現場では、技術を試すだけでなく、「その技術が特定の業務で価値を生むか」を評価する役割まで含む場合があります。
つまりリサーチエンジニアは、単に最新技術に詳しい人ではありません。技術的な可能性を検証し、再現可能な形で評価し、プロダクトに必要な品質へつなげる役割といえます。
AI時代にリサーチエンジニアが求められる背景
開発の速さに、評価が追いつきにくくなった
AIコーディングツールや生成AIを使えば、アイデアを短期間で形にできます。しかし、作れるものが増えたからといって、価値ある成果物が同じ割合で増えるとは限りません。十分な検証を経ていないコードやコンテンツが量産される「AIスロップ」や、プロトタイピングの速さに人のレビューが追いつかないという問題も指摘されています。
開発工程のボトルネックが「作ること」から「良し悪しを判断すること」へ移りつつあるなか、仮説を立て、評価基準を作り、結果を次の改善へつなげる機能が重要になっています。
AIの出力は、条件によって変化する
従来のシステムでは、同じ条件で同じ操作をすれば、基本的に同じ結果が返ってきます。一方、生成AIは確率的に出力を生成するため、同じ入力でも表現や内容が変わることがあります。
さらにAIプロダクトの品質は、LLM単体の性能だけでは決まりません。プロンプト、参照データ、検索方法、アクセス権限、外部ツールとの連携、ユーザーの質問方法など、複数の要素が結果に影響します。AIエージェントでは、計画の立て方やツールの選択、処理の順序も評価対象です。
一度の成功例だけで品質を判断できないからこそ、条件を変えて検証し、失敗の原因を切り分けるリサーチとエンジニアリングの両方が必要になります。
AIプロダクトの評価で担う4つの役割
AIプロダクトに関わるリサーチエンジニアの仕事は、組織によって異なりますが、評価の観点では主に次の4つに整理できます。
1. ユースケースと「良い結果」を定義する
最初に必要なのは、AIに何でも答えさせることではなく、誰のどの業務を支援するのかを定めることです。そのうえで、正確性、網羅性、回答の根拠、処理時間、安全性など、ユースケースに合った評価指標を設計します。
「分かりやすい回答」のような曖昧な目標だけでは、改善の判断ができません。良い例と悪い例を集め、どの条件を満たせば合格なのかを具体化する必要があります。
2. 開発中のオフライン評価を設計する
オフライン評価とは、事前に用意したテストデータを使い、リリース前のAIシステムを評価する方法です。代表的な質問、重要な例外、過去に起きた失敗などをデータセットにし、期待する結果との差を確認します。
形式や文字数のように明確な条件はプログラムで判定し、回答の有用性や自然さなどは人または別のLLMに評価させます。LLMを評価者として用いる「LLM-as-a-Judge」は多くのケースを確認する際に有効ですが、人の判断とずれる可能性があるため、評価基準や採点結果の確認が欠かせません。
3. 運用中のオンライン評価から学ぶ
事前に想定できる利用状況には限界があります。そのためリリース後は、行動ログ、エラー、ユーザーからの評価や問い合わせを確認し、実際の使われ方から品質を評価します。これがオンライン評価と言われるものです。
開発環境では問題がなくても、特定の業務データや権限、想定外の質問によって回答品質が崩れることがあります。運用中に見つかった失敗を新たなテストケースへ加えることで、評価基盤を現実の利用に近づけていきます。
4. 評価と改善のサイクルを回す
AIプロダクトの評価は、リリース前に一度実施して終わるものではありません。モデルやデータ、プロンプト、連携先が変わるたびに、以前できていたことができなくなる可能性があります。
評価項目を継続的に実行し、結果が基準を下回ったら原因を分析する。改善後は同じ条件で再評価し、別の品質を損なっていないかも確認する。この反復可能な仕組みを作ることが、AIプロダクトの競争力と信頼性を支えます。
国際規格から見る、AI品質の考え方
AIプロダクトの品質を考える際は、モデルの正解率だけでなく、システム全体と利用時の体験を見る必要があります。この考え方は、国際規格の体系にも表れています。
| 規格 | 主に見る対象 | AIプロダクトで考えると |
|---|---|---|
| ISO 9241-11:2018 | 人が使ったときの使いやすさ | ユーザーが画面や対話を理解し、迷わず操作できるか |
| ISO/IEC 25010:2023 | システム・製品そのものの品質 | 安定して動作するか、性能やセキュリティに問題がないか |
| ISO/IEC 25019:2023 | 実際の利用場面での品質 | 対象ユーザーが特定の業務で目的を達成できるか |
| ISO/IEC 25059:2023 | AIシステム特有の品質 | 回答の妥当性や参照情報、利用時のリスクをどう評価するか |
ここから読み取れるのは、AIの品質を単一のスコアで捉えるのではなく、製品そのものの特性、利用状況、AI特有の性質を組み合わせて評価する必要があるということです。想定した条件で動くかだけでなく、異なるユーザーや業務でも価値を提供できるか、利用に伴うリスクを抑えられるかまで考える必要があります。
リサーチエンジニアだけで、AIの品質は決められない

評価技術や基盤を整備できても、何を「良い結果」とするかは技術だけでは決まりません。業務に役立つ回答かを判断するには、対象ユーザーや業務への理解が必要です。そのためAIプロダクトの評価では、複数の専門性を組み合わせます。
- リサーチエンジニア:AI技術の調査、実験、評価基盤の構築
- QAエンジニア:テスト計画、システムや連携条件の検証、失敗原因の分析
- UXデザイナー/UXリサーチャー:対象ユーザーの定義、評価指標や調査方法の設計
- ドメインエキスパート:業務上の正しさや有用性の判断
弊社アイスリーデザインでは現在、「リサーチエンジニア」という独立した職種は設けていませんが、AIプロダクトという共通の評価対象に対し、QAエンジニアとUXデザイナーがそれぞれの知見を持ち寄る取り組みを進めています。
従来、QAは開発工程の後半、UXは企画・設計など前半に関わることが多く、両者の業務が直接重なる場面は限られていました。しかしAIプロダクトでは、システムとして正しく動くかと、ユーザーに価値があるかを切り離せません。企画段階から成功条件を共有し、開発・運用を通じて評価基準を更新する連携が重要になります。
まとめ——AI時代の品質管理は「評価を設計すること」から始まる
リサーチエンジニアは、AIに関する研究と実装をつなぎ、技術的な可能性をプロダクトの品質へ変える役割です。職務範囲は組織によって異なりますが、AIプロダクト開発では、ユースケースの具体化、評価基準の設計、オフライン・オンライン評価、改善サイクルの構築などが重要な仕事になります。
AIの出力に不確実性がある以上、従来の仕様確認だけで品質を担保することはできません。誰にとって何が良い結果なのかを定め、実際の利用から学び続ける仕組みが必要です。そしてその評価は、一つの職種だけで完結するものではなく、エンジニアリング、QA、UX、業務知識の協働によって成立します。
では、実際の開発現場では、各職種がAIプロダクトの評価にどう向き合っているのでしょうか。次の記事では、アイスリーデザインのQAエンジニアとUXデザイナーへのインタビューを通じて、その実践と今後の可能性を紹介していきます。












