新しいアプリを開くと、ほとんどの場合、はじめにチュートリアル画面が表示されます。しかし、デジタルリテラシーが向上した現在、このような導入チュートリアルは本当に必要なのでしょうか?
2020年に当サイトで公開した「アプリチュートリアルの体験設計の重要性について」という記事は今も高いアクセス数を誇る人気コンテンツです。しかし、あれから5年が経ち、アプリがますます身近になった今、チュートリアルの位置づけや重要性も変化しているように感じます。今回は、デザイナーとして様々なアプリのUI/UXデザインに関わってきた経験をもとに、「アプリチュートリアルの重要性」がどう変わってきているのか、あらためて考えてみたいと思います。
チュートリアルの定義
アプリを初めて使用するとき、多くの場合ユーザーは何らかの形でガイダンスを受けることになります。これがいわゆる「チュートリアル」です。ユーザー定着のためのプロセス全体はオンボーディングとも呼ばれますが、本記事ではあくまで初回起動時のUXにフォーカスして考察していきます。
チュートリアルにはさまざまな形態がありますが、代表的なものとしてウォークスルー、ツールチップ、コーチマーク、エンプティステートなどが挙げられます。これらの詳細については過去の記事でも紹介していますので、そちらもご参照ください。
本記事では形式を問わず、初回起動時にまとまって表示され、アプリの使い方を案内するものであれば、広義のチュートリアルとして捉えます。代表的なものとして以下の形式が挙げられます。
- ウォークスルー
- アプリ起動直後に複数枚のスライドで、タイトル・説明文・ビジュアルを用いて機能や目的を紹介する形式のこと。
- ツールチップ
- 特定のUI要素に対して、吹き出し(ポップアップ)を用いてシンプルな文章で機能を説明する形式のこと。
- コーチマーク
- 画面全体をオーバーレイで覆い、タップしてほしい場所(機能)のみをハイライトする形式のこと。
- 画面の一部にチュートリアルを表示
- 画面内のスペースを使い、イラスト・タイトル・説明文と共に、機能紹介やユーザーに取ってほしいアクションをモジュール表示で説明する形式のこと
- エンプティステート
- コンテンツが存在しない状態の画面に、次にとるべきアクションや機能の使い方を説明する形式のこと。
「チュートリアルは読まれない」という調査結果
以前私が担当したプロジェクトのユーザビリティテストで、チュートリアルの効果を検証した経験があります。このプロジェクトは、海外出身の日本在住者を対象にした金融関係のアプリをリニューアルするという内容でした。対象のアプリでは、画面上部に操作方法を説明した文章をカード型UIで表示していましたが、観察とヒアリングの結果、7割のテスト参加者が文章を読まずに、まず機能を触ってみることから始めていることが判明しました。
また、Clutch社の調査によると、30秒以下の短いチュートリアルでさえも18%のユーザーがフラストレーションを感じ、1分以上のチュートリアルになると、フラストレーションを感じるユーザーの割合は28%にまで上昇するというデータが報告されています(”5 Ways to Improve the User Experience of Mobile App Onboarding“)。
この調査はユーザーの年齢層やサービスの種類を問わないものですが、若年層ではチュートリアルに対する忍耐力がさらに低く、フラストレーションを感じる割合がこの数字をさらに上回る可能性があります。一方で、金融業における契約書など重要な内容を扱うサービスでは、ユーザーがチュートリアルをより慎重に読む傾向があり、適切な情報提供が信頼性につながるため許容度が高まるという仮説も立てられます。
これらの事実は、ユーザーは最後までチュートリアルを読まない可能性もある、という前提でUXデザインを考える必要性を示しています。つまり、チュートリアルに頼らなくても直感的に使えるインターフェースを設計することが、現代のアプリ開発において極めて重要なのです。
チュートリアルの目的と役割
そもそも、アプリチュートリアルの主な目的は以下の3つに集約されます。
- 初回の利用体験をスムーズにする
- チュートリアルは初回起動時から基本操作を順序立てて説明し、アプリの価値を明確に提示することで、初めて使用するユーザーが混乱なく使い始められるようサポートします。
- ユーザーの離脱を防止する
- 適切な機能説明をチュートリアルで提供することにより、「使い方が分からない」という理由でアプリの使用を止める事態を防ぎ、継続利用率の向上につなげます。
- アプリのコア機能と独自性の理解を促す
- 初回起動時のチュートリアルは、競合他社との差別化ポイントとなる「このアプリならではの価値」をユーザーに認識してもらうための重要な手段となります。
これらの目的を達成することで、チュートリアルは単なる機能説明を超えて、ユーザーとアプリとの関係構築の第一歩としての役割を果たします。
チュートリアルが逆効果になるケース
チュートリアルは適切に設計されていれば効果的ですが、場合によっては逆効果になることもあります。以下に、チュートリアルがかえってユーザー体験を損なう典型的なケースを紹介します。
不要な説明が多すぎる
アプリストアの説明や画像ですでに基本情報が提供されているにもかかわらず、インストール後に同じ内容を繰り返し説明するチュートリアルは、冗長に感じられる可能性があります。
また、直感的に理解できるUIデザインであるにもかかわらず、「スターアイコンをタップすると、アイテムがお気に入りリストに追加される」といった一般的な挙動を詳細に説明することも、多くのユーザーにとって「当たり前のことを説明される」煩わしさにつながります。(ただし、高齢者などデジタルデバイスに慣れていないと考えられるユーザーが多い場合にはその限りではないため、ターゲットに合わせて検討する必要があります。)

ユーザーの流れを止める
多くのユーザーは、アプリをダウンロードした後すぐに使い始めたいと考えています。しかし、長いチュートリアルが強制的に表示されると、ユーザーの意図した行動の流れが中断されてしまいます。また、スキップ機能がなかったり、チュートリアル中に操作できる範囲が制限されると、ユーザーが自分のペースでアプリを探索する自由が奪われてしまいます。
ヤコブ・ニールセンが提唱する「ユーザーインタフェースデザインのための10のユーザビリティヒューリスティクス」(10 Usability Heuristics for User Interface Design)の中にも「ユーザーコントロールと自由度」という原則があります。ユーザーは誤った選択をすることがあるため、「緊急の出口」を明確に示し、元の状態に簡単に戻れるようにすべきというものです。チュートリアルにおいても同様で、ユーザーがいつでも中断したり、スキップしたり、あるいは後で見返せるオプションを提供することで、ユーザーに主導権を与えることが重要です。
覚えられない量の説明をする
初回起動時に一度にすべての機能を説明しても、ユーザーがそれらを完全に記憶することは難しいものです。特に複雑なアプリの場合、最初に膨大な情報を提供されても、実際に機能を使う場面になったときには既に忘れてしまっていることがほとんどです。
チュートリアルで一度に多くの情報を詰め込むアプローチは、情報の定着という観点からは非効率的であり、結局はユーザーが必要な時に適切な情報を得られないという問題を引き起こします。
一方で、必要なタイミングで必要な情報が提供される方法は効果的です。例えば、特定のボタンを初めて使う際にツールチップが表示されるなど、ユーザーが実際に機能を使おうとしているタイミングで関連情報を提供できれば、情報の関連性が高まり、記憶に定着しやすくなります。
「チュートリアルなし」で優れたUXを実現している例
チュートリアルが不要な優れたUXデザインを行うことで、ユーザーがアプリの使い方を瞬時に理解できるような直感的なインターフェースを実現できます。こうしたアプローチは「学習不要のデザイン」とも呼ばれ、近年多くの人気アプリに採用されています。
事例①Shazam
音楽認識アプリ「Shazam」は、チュートリアルを完全に排除した代表的な成功例です。Shazamは周囲で流れている音楽を数秒間認識するだけで曲のタイトルやアーティスト名を特定できる革新的なアプリです。このアプリは極めてシンプルなインターフェースを採用しており、初回起動時に大きな青いボタンが画面中央に表示されるだけです。
ユーザーはダウンロードしてアプリを開いてから、わずか2タップで音楽認識機能を利用開始できます。ボタンのデザインとサイズ、中央配置という要素が「押してほしい」というメッセージを明確に伝えており、「何のためのアプリか」「どう使うか」が一目で理解できるのです。
Shazamは単一の明確な機能に特化したアプリですが、その徹底したシンプルさとフォーカスによって、初めてのユーザーでも迷うことなく利用できる環境を実現しています。追加機能は主要な操作の後に自然な形で発見できるよう設計されており、最初から全ての機能を説明する必要がありません。
事例②めちゃコミック
漫画アプリ「めちゃコミック」も、チュートリアルをほとんど使わずに優れたユーザー体験を実現している好例です。このアプリの特筆すべき点は、初回利用時に会員登録を強制せず、すぐにコンテンツの閲覧が可能な点です。ユーザーは面倒な登録プロセスを経ることなく、アプリの価値をすぐに体験できます。
初めてアプリを開くと、web版を利用しているかどうかという簡単な質問と、漫画の好みについての3択の質問だけが表示されます。これらの最小限の質問に答えるだけで、すぐに実際の漫画コンテンツの閲覧に進むことができます。ウォークスルー形式の長いチュートリアルや機能説明はなく、ユーザーはすぐに漫画の表紙が並んだホーム画面にアクセスできます。アプリのUIは視覚的に明確であるため、必要な時だけ簡潔なヒントが表示され、それ以外は説明がなくても操作できるよう工夫されています。
つまりめちゃコミックは、ユーザーがコンテンツにすぐにアクセスできるようにすることで、自然な探索と学習を促進しています。初回利用時の摩擦を最小限に抑えることで、ユーザーはアプリの実際の価値を即座に体験できるため、初期離脱率の低減につながる可能性があります。
チュートリアルを用意するかどうかの判断基準
ビジネスサイドの要望との折り合い
実務での経験を振り返ると、デザイナーやエンジニアがチュートリアルの簡略化や廃止を提案しても、ビジネスサイドからは「きちんとしたチュートリアルを用意して欲しい」という要望が出されることが少なくありません。この背景には、多くの企業がユーザーの初回利用から継続的な利用に至る割合を重要なKPIとして設定していることがあります。
ビジネス側の懸念は理解できます。新規ユーザーを獲得するためのマーケティングコストは年々上昇しており、せっかく獲得したユーザーがアプリの使い方を理解できずに離脱してしまうことは大きな機会損失となります。チュートリアルは、その損失を防ぐための保険のような役割を期待されているのです。
チュートリアルがそのプロダクトにおいて「保険」として適切に機能するかどうか、実装のコストや想定されるユーザーのリアクションと価値が釣り合っているかどうかの観点で議論しましょう。
データに基づく議論の重要性
「チュートリアルは必要か不要か」という二択ではなく、「どのようなユーザーに、どのようなタイミングで、どのような情報を提供するか」という観点から議論を進めることが建設的です。特に重要なのは、チュートリアルが読まれにくいという実際のデータ、ターゲットユーザーのITリテラシーレベル、そして類似アプリでの一般的な操作パターンとの一致度を関係者間で共有することです。
チュートリアルの必要性はサービスのタイプやユーザー層によって大きく左右されます。高齢者向けのヘルスケアアプリと若年層向けのSNSアプリでは、必要とされるガイダンスのレベルが明らかに異なります。このような議論を進める際には、プロジェクトの初期段階で設定したペルソナを再確認し、想定ユーザーのITリテラシーや利用環境について共通認識を持つことが重要です。
「このユーザーはどの程度スマートフォンに慣れているか」「同様のアプリをどれくらい使った経験があるか」といった点を具体的に議論することで、必要なガイダンスのレベルを適切に設定できるでしょう。ビジネス目標と優れたユーザー体験の両方を達成するためには、このような建設的な対話を通じて、ユーザーに過度な負荷をかけずにアプリの操作を理解してもらうための工夫を模索していく必要があります。

ユーザーに合わせた段階的な説明レベルを用意する
効果的にユーザーをサポートするには、異なる知識レベルや経験に合わせた説明が必要です。以下に、様々なユーザータイプに対応する段階的な手法を紹介します。
- 初心者・重要サービス向け:ウォークスルー
- アプリ初心者や金融サービスなど重要な内容を扱う場合は、詳細なウォークスルーが効果的です。主要機能を順番に案内し、必要に応じて短い動画を組み込むことで理解を深められます。(▼参考:Paypayのウォークスルー型チュートリアル)
- 一般ユーザー向け:コーチマークやツールチップ
- 基本的な操作に慣れているユーザーには、コーチマークやツールチップが適しています。画面上の重要な要素を指し示し、簡潔な説明を加えることで、スムーズな操作をサポートします。
- 経験者向け:アクセスしやすいヘルプページ
- 操作に慣れているユーザーには、必要な時にすぐ参照できるヘルプページを目立つ場所に設置します。自分でヘルプを開くまで、アプリからガイドされることがないため、自由に操作できることが体験価値の向上につながります。
- コンセプト重視のサービス:1枚絵解説
- サービスの世界観や概念を伝えたい場合は、視覚的に魅力的な1枚絵での解説が効果的です。キャッチコピーやサービスイメージなどを印象付けることができます。
ユーザーの特性に適したチュートリアルを選択・組み合わせることで、ユーザーの挫折を防ぎながら、スムーズな操作体験を提供できます。
結論:本当に必要なのは「チュートリアル」ではなく「学びやすいUX」
かつて、アプリの初回体験にはチュートリアルが欠かせないと考えられていました。しかし、ユーザーのデジタルリテラシーが高まった現在、その必要性は大きく変化しています。 操作のたびに挟まれる説明や、自由な操作を妨げる強制的な導線、覚えきれないほどの情報提示は、ユーザーにとってむしろストレスとなり、離脱の原因にもなりかねません。
今求められているのは、“使いながら自然に理解できる”ような学びやすいUXです。過度な負荷をかけず、スムーズに操作を習得してもらうための設計こそが、現代のアプリ開発における重要なテーマだと私たちは考えています。
アイスリーデザインでは、モバイルアプリやSaaSプロダクトをはじめ、業務アプリケーションやECサイトなど多種多様なサービスのUI/UXデザインを手がけています。 UX改善に取り組みたいとお考えの方は、ぜひご相談ください。