2021年9月22日

ビジネスストラテジー

200年ぶりの再発明。聴診器をデジタル化した「ネクステート」をつくった“会話”と発想

「お医者さんの道具」と聞いて何を思い浮かべますか? おそらくほとんどの人が白衣か聴診器を思い浮かべるのではないでしょうか。そんな聴診器、実は発明時の約200年前からほとんど変わっていないのだとか。

しかし、2019年末に発売された聴診器をデジタル化する製品「ネクステート」が登場。その長い歴史に一石を投じました。

数多くの医師や看護師に賞賛され、さらに新型コロナウイルスの診療にも活躍しているという同製品を開発した、株式会社シェアメディカルの代表取締役 CEOである峯 啓真様に、開発秘話や新たなプロダクト/サービスを作るヒントをインタビューしました。

株式会社シェアメディカル 代表取締役 CEO 峯 啓真様

200年前から変わらなかった「聴診器」をデジタル化した理由

—株式会社シェアメディカルを立ち上げた経緯を教えてください。

最大のきっかけは2011年の東日本大震災でした。私は2008年にiPhoneが日本で発売開始された頃からスマートフォンに可能性を感じ、医療用アプリを開発してきたのですが、2011年に東日本大震災において携帯電話の基地局すら津波で流され、使えなくなり、当然それまで自分が作ってきたアプリはなんの役にも立たなくなるという経験をしたのです。それまで自分は傲慢なまでに医療ITを推進する立場でいたのですが、テレビの画面を通して、泥だらけになった紙のカルテを水洗いして窓ガラスに貼って乾かして瓦礫が折り重なり、自身も被災している中で医療を止めてはならないという使命感で診療所の再開準備をしている医師の姿を見て、自分が今までやってきたことがいかに無力なのかを思い知らされました。

—それは大きな挫折ですね……。

そこからもう少し医療者に寄り添ったサービス、そして災害に強いITサービスを意識し、それまで作ったもの全て作り直しました。けれども、そこから3年、何も世の中は変わらず、医療サービスもアナログなままでした。2014年の3月11日にそうした状況を見て、「会社が動かないのなら自分が動かなければならない」と静かな決意をし、翌日には勤めていた会社の卒業を申し出て、シェアメディカルを起業しました。

そして、まずはドクターたちについて人間として彼らが何に悩み、苦しみ、喜んでいるのかを知りたいと思い、SNSを駆使してつながっていきました。同時に、医学・医術についても彼らと同等に話ができる必要があると思い、論文を読み、毎年の医師国家試験の問題を解くなどの勉強もしました。今回の「ネクステート」はそうして繋がったドクターたちとの会話からアイデアが生まれました。

—どのような会話があったのでしょうか?

それは小児科の医師との何気ない雑談の中でした。「学校検診で100人からの児童を診ると聴診器の付け外しで耳が痛い」という悩みを聞き、それについて複数の医師にヒアリングしたところやはり同様の答えが返ってきたのです。そこで聴診器について調べたところ、発明されて以来200年間ほど基本的な構造が全く進化していないことがわかりました。そこで「現代のデジタル音響技術と組み合わせればさらに良いものが作れる」と思ったのです。

—おそらくドクターたちとの会話の中には、聴診器以外のヒントも多数あったと思います。その中でも聴診器にピンときた理由とは?

聴診器は医療用の道具であると同時に、患者さんや一般生活者にとっては白衣の次くらいにお医者さんの象徴となるアイテムです。白衣に首から聴診器を下げている姿。それが権威であり、安心感につながっている。そして医師と患者との対話のきっかけにもなる。それは医師にとっても一つのアイデンティティーと感じました。それが200年変わっていない。そんな製品が、デジタル音響技術と組み合わせることで新しい価値を生むんじゃないかと魅力的に感じました。

デジタルで「聴診器」はどう変わったのか?

—聴診器とデジタル技術を組み合わせることで、具体的にはどんなポイントを進化させられると思いましたか?

もっとも大きいのは「ワイヤレスにした」ということです。まず「ネクステート」の基本的な設計コンセプトは「何も足さない、何も引かない」というものでした。使い慣れた従来の聴診器と音が変わってしまっては意味がないので、聴診器の音の特性をそのままデジタル化してワイヤレスで届けるということに特化しました。それによって使用者がお好みのヘッドフォンやイヤフォンを使うことができて、付け外しによる耳の痛みを軽減することができます。

もう一つがノイズキャンセリングです。とはいえ、そもそも聴診音というのは体の中のノイズを聞くためのものです。病気になると様々なノイズが発生するので、それを聞き逃さないのが診察術の真髄です。そのため生体音のノイズは残しつつ、診察室の喧騒や空調音をキャンセルして聞きやすくする、その塩梅に時間がかかりました。

—「ネクステート」は既存の聴診器を取り付けて使う設計ですが、このような形式にした理由とは?

人間、理解できるものしか受け入れません。理解できないものは拒絶しがちです。200年続いた聴診器から一足飛びで“現代仕様”にしてしまうと、お医者さんも患者さんも嫌がってしまうだろうと予想し、聴診器が持つ200年の歴史を尊重した進化にあえてとどめました。患者さんも見たことのない医療機器を突然出されたら不安に思ってしまうはずなので、“聴診器らしさ”を残すことは必要だったと思います。

—「ネクステート」がもたらしたのは、どのようなイノベーションでしょうか?

「録音と共有」が大きなイノベーションだと思います。接続先の機器で録音したり、Bluetoothスピーカーを使って複数人で聴診音を聞いたりできるということは、医学教育に必要なディスカッションやカンファレンスが行えることを意味します。また、聴診は長い間人間の可聴域でしか診断に活かせませんでした。しかし「ネクステート」は最新のデジタル音響技術で人間の可聴域外のデータ化も実現します。これは生体音を利用した新しい診断の発見の可能性が秘められているほか、AIを用いることで高精度な診断が行える可能性が出てきました。

—「ネクステート」開発にあたり、UI/UX面で意識されたことを教えてください。

聴診器の持ち方については、医師によって違う“我流”が多い世界です。そのためボタンレイアウトには試行錯誤して、あえて複雑にせず、さらに“正しい使い方”を用意しないことで先生方に独自の使い方を考えてもらう設計にしました。また当初タッチパネルにする案もありましたが、患者さんの目を見て操作できるように、そして物理ボタンが好きな先生が多かったことから、物理ボタンを採用しました。

—企画からローンチ、PMFまでの期間はどれくらいでしたか?

企画に約6ヶ月、開発に約1年、PMFまで6ヶ月と言った所でしょうか。

—開発において特に苦労した点は?

試作を行ってくれる企業を探すのに最も時間を要しました。日本の町工場など40社ほど回り協力を打診しましたが、全く必要性を理解されませんでしたね。結果的に海を渡り台湾で試作から量産が実現しました。逆にコロナ禍で非接触の聴診が求められてきたこともあり、PMF化は素早く行えました。また中国の工場がコロナによる都市閉鎖でサプライチェーンが混乱する中でも台湾で生産していたこともり、即納を続けたことで多くの医療機関や問屋、卸から信頼を勝ち得ることができました。

—日本で試作を断られた際、諦めようとは思いませんでしたか?

諦めるという選択肢はありませんでしたね。色々なドクターにネクステートの話をすればするほど「欲しい」と言われていましたし、聴診器は日本だけではなく世界中で同じものが使われている製品です。試作機が一個でもあれば投資を得られると考えていました。

「これで医療が続けられる」医療従事者からの反応と、コロナ診療への応用

—ネクステートを発表して、反応はいかがでしたか?

意外だったのが「新しいものに懐疑的なのでは」と思っていた年配の先生方からの反応が良かったことです。真っ先に「これってボリュームで音量上げられるんでしょ? これでもう少し医者を続けられるよ」と言われました。加齢に伴う聴力低下によって経験豊富なドクターを失うことを防げたのです。ただでさえ医師不足がさけばれる状況ですので、それだけでも医療への貢献につながったと思いました。

—聴診器に補聴器の機能がついたような製品として利用されているわけですね。

聴覚障害を持った医療従事者の存在はほとんど知られておらず、職場で隠している先生や看護師さんも多いんです。彼らは障害を持っていても、医師や看護師として働きたいと考えています。実際、彼らにデモを貸し出したところ、「自分が健聴だった時と同じ音が聞こえてきた」と涙が出るほど喜んでいただけました。それには私ももらい泣きしそうなくらい感動しましたね。

—また、コロナ禍においても「ネクステート」が活躍していると伺いました。

新型コロナに診療において「ネクステート」に注目が集まったのは、2019年末の出荷開始から4ヶ月ほど経った2020年4月頃でした。当時はコロナの病態がよくわかっておらず、飛沫感染するらしいという情報から多くの病院でカーテンをつけたりフェイスシールドをつけたりするなどの対策を始めていました。しかし、呼吸器疾患を起こす病気なので聴診器を当てない診療は考えられません。そこでドクターたちが試行錯誤する中で「ネクステート」に注目が集まりました、ワイヤレスで患者さんと距離を保てるということからこぞって採用が始まったのです。

愛知県豊田市の豊田地域医療センターさんでは、患者さんに聴診器を持たせ、先生が指示して音を聞いて診断するという方法が採られていたのですが、それを見たときには「こんなことができたんだ」と衝撃を受けました。聴診器はドクターが使うものという先入観がありましたが、その前提が覆されたんです。聴診器を当てる人と、聞いて診断する人を分けることができたのは、200年ぶりの大発明だったと感じました。

—聴診器のつけはずしによる耳の痛みを軽減するためのワイヤレス接続が、思わぬ使い方に繋がっていた、と。

同じように、Bluetoothスピーカーを繋いで鳴らすことで、同じフロアにいる他の先生方が集まってきてディスカッションが始まるという展開もありました。「もう一回聞かせて。この音おかしくない?」と。それまで聴診術とは、一人で聞いて判断し、一人でカルテに書くものでした。しかし、それも覆ったのです。実際に、研修医の聴診力が上がるということもありましたし、「医学教育の向上にも寄与している」と言ってもらえたこともあります。

—最後に、これから新たなサービスを立ち上げる方へのアドバイスをいただけますか?

「あれば便利なモノやサービス」を作っていてもすぐ陳腐化しますし模倣されます。徹底的に対象マーケットの人間を観察し「必要なモノやサービス」をいち早く発見し、マーケットに投入することで素早いPMF化を実現できます。そして、最初から海外展開を見据えておくべきです。日本は良くも悪くも中途半端にマーケットがあるので、立ち上げ期はなんとかなりますが、ローカルベンチャーではすぐ頭打ちになってしまいますからね。

in-Pocket編集部

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