2021年10月1日

インタビュー

介護にDXソリューションを提供する「Helppad」。3.11を乗り越えた決意と原点

高齢化社会の進行に伴い注目度が増し続ける介護業界。
その一方で働き手不足などその労働環境には課題が多く残されています。
そんな介護領域において期待されているのが、テクノロジーを使ったソリューション。

千葉県を拠点とする株式会社abaが提供する、においセンサーを用いた排泄ケアシステム「Helppad」もそんなソリューションの一つです。
体に機器を装着することなくベッドに敷くだけで排泄を検知し、介護者に通知を行い、その電子記録を行うことができる本システムは、介護現場の手間を減らす効果を期待されています。

株式会社aba代表取締役の宇井様と、弊社営業の野林

今回、in-pocketでは、同社を学生時代に起業し、パラマウントベッドとの共同開発でこのHelppadを作った宇井吉美さんに、Helppad開発の経緯やUI/UXの工夫、起業の経緯などを伺いました。

介護施設での実習初日に訪れた衝撃。そこで得た「決意」


−−
Helppad開発のきっかけを教えていただけますか?

介護職の方に「おむつを開けずに中が見たい」と言われたのがきっかけでした。私は大学で介護ロボットの研究開発をしていたのですが、学部3年から4年に上がるタイミングで介護施設へ実習に行きました。

その初日で目にしたのが、高齢者の方に便座の上に座ってもらい、2人がかりで押さえつけてお腹を押しているシーンでした。高齢者の方はそれに対して「うわー!」と叫んでいるんです。

−−何をしている場面だったのでしょうか?

排便を促していたんです。
その方は普段お家で暮らしている方で、自宅に帰ってから排便するとご家族が処理しないといけないため、「できれば施設で排便を済ませてから帰して欲しい」とご家族から言われていたのです。
そうしたご家族の要望と、便が詰まって死んでしまう危険を防ぐという健康上の理由からのケアでした。

−−なるほど……

今の私は、それが「必要なよくある光景」だとわかるのですが、実習初日あったこともあり当時の私はその壮絶さに泣いてしまいました。そして生意気にも「これってご本人が望んでいることなんですか?」と職員さんに質問したんです。
職員さんからは「わからない」と言われました。つまり介護職の皆さんは、ご本人のためになっているのか確証の持てない中で、それでも毎日ケアを実践してくれているわけです。それはとてもつらいことのはずなのに、彼らはそれでも日々現場に立ってくれている。

その一連のできごとから、私は介護職さんたちをすごくリスペクトするようになり、彼らの力になりたいと思ったんです。その流れで「どんな介護機器が欲しいですか?」と聞いたら、「おむつを開けずに中が見たい」と言われたんです。

−−それが「Helppad」という匂いセンサーを使ったシート型の製品に至った経緯を教えていただけますか?

「おむつを開けずに中が見たい」というニーズの裏にあるのは、排泄物が出ているかわからない中で毎回おむつを開けて閉める作業が発生してしまい、介護者・高齢者双方に負担であること、そして介護されている本人もおむつを脱がされる中で、目を覚ましてしまうという課題です。
それを解決するには、何らかの方法でおむつの中の排泄物を検知する必要がありました。
その上で、介護現場の方々から“絶対にお願いしたいこと”として、二つの要望をいただいていました。

一つは「体に機械をつけないで欲しい」ということ。介護現場は生活支援の場なので、ご本人の生活を乱さないで欲しいといった内容です。

もう一つは「尿と便どちらも検知して欲しい」。この二つを踏まえた排泄センサーを検討したところ、シート型でにおいセンサーを使うかたちに行き着きました。

Helppad開発におけるUI/UXの工夫と、困難を極めた介護施設でのテスト<サービスのUI>

−−UI/UXの面で意識されたことはありますか?

ハードウェアとしては先ほど申し上げたように「高齢者の生活を乱さないUI/UXであること」。そして、ソフトウェアとしては「介護者がパッと見てわかるUI/UXであること」です。介護職員さんは忙しい仕事の中チラッとパソコンやスマホを見ることが多いので視認性は重要です。何パターンか作って介護現場の方々に見てもらう中で、当初はパステルカラーで作っていた画面でしたが、パステルカラーではなくはっきりした色を使い、フォントのウェイトを太めに、サイズは大きめに調整していきました。

−−参考にされたプロダクトやサービスがあれば教えてください。

「日々のコミュニケーションツール」という点ではSlackを参考にしました。
視認性を優先しながらもオシャレな印象もある点を、自分たちなりに紐解きましたね。
また、情報が時系列で流れてくるという点では、Googleカレンダーやタスク管理ツールのガントチャートも参考にしています。

−−開発において困難だったことはありましたか?

企画段階では、シート型でにおいセンサーを使うというプロダクト仕様を確定させることが大変でしたね。論文や特許を見ていると、技術的に楽なおむつ装着タイプが多いんです。

でも「体に機械をつけないで欲しい」という要望をいただいていたので、苦労しました。
ですが、それ以上に大変だったのはPMF段階でした。作った排泄センサーを実験させてくれる介護施設を見つけること自体が非常に難しかったのです。

−−その理由とは?

排泄周りの実験を行うにあたって、ご本人の陰部など尊厳に関わるところを見させて頂かなければなりません。
しかし施設の方々は通常、外部の人に、そうしたものを開示することに大きな抵抗があります。

−−どのように解決したのでしょうか?

まずは、私自身が「もっと介護現場のことを知りたい」と思い、土日を使って介護職として働き始めていました。
それを3年間ほど続けていたのですが、そんな私を見て現場の方々からの目が少しずつ変わり、「協力してあげられないか?」と皆さんが言ってくださるようになったのです。

−−今後Helppadをどのように改善したいお考えですか?

現時点でも今の製品でできることはいろいろありますが、現場の人が求めているものはそれ以上に存在しています。

もっと多くの人を助けるために、都度バージョンアップしたいと考えています。具体的には、現状では尿と便を切り分けることができないのですが、研究開発が進んできて切り分けができるようになってきました。

そこで両者を切り分けて通知できる仕組みを実装する予定です。
他には、まだ大量量産ができていないので値段が高いのも課題ですので、まだまだファーストプロダクトだと私は認識しています。

3.11」で流れた計画。それでも消えなかった情熱

−−宇井さんは学生時代に株式会社abaを起業されたとのことですが、その理由は介護ビジネスを起業したのは、将来的な可能性を感じたからなのでしょうか?

起業家がおもしろいのは、スポーツ選手や歌手と違い、「スポーツ選手になりたい!歌手になりたい!」とその役職につくのを目的としてきた人が少ないところだと思います。
私が思う起業家には大きく3つのタイプがあり、一つ目は7〜8割くらいは“成功”するために起業している方々。

二つ目はドメイン関係なく事業を作るのが好きな、いわゆるシリアル・アントレプレナー・タイプ。

そして三つ目は私のような「収益性はある気はするけど、それよりも社会を変えたい。課題解決をしたい」というソーシャル・アントレプレナー・タイプではないでしょうか。

最近はESG投資が流行ってきていますが、私が起業家になった10年前はあまりお金のにおいがする領域ではありませんでした。

実際に学生時代の私は「大学を卒業する前に排泄センサーを製品化して、それをネタに就職できればいいな」と浅はかに考えていました。

しかし、2011年3月11日に東日本大震災が起こり、企業との共同研究などの予定がすべて吹っ飛んでしまいました。

ですが、そうした計画が吹き飛んでしまった時、「この排泄センサーを現場に届けたい」という思いが自分の中に残ったのを感じました。

現場では、多くのメーカーや大学などの研究機関の方々が介護現場で実験や調査を行いますが、多くの場合は製品化に至りません。

介護職の方々も「この間来た人たち、結局どうなったんだろう?」という話をよくされているのを耳にしました。

我々も「皆さんのおかげでこの論文ができました」と報告することはあるのですが、「論文が欲しいわけじゃない」といった空気を感じることもあります。

もちろんそれは私の気のせいかもしれません。

でも、現場の人たちは論文になることを望んでアンケートに答えるわけじゃなく、それによって現場がちょっとでも楽になり、もっと良いケアが届けたいと思って協力していただいているはずなんです。

ですので、私は「そこを履き違えちゃダメだ」「介護現場の人たちとの約束を守りたい」と思い、Helppadの製品化のために起業しました。

−−そんな株式会社abaにはどんなメンバーが集まっているのでしょうか?

初期メンバーは大学の同級生や後輩が多いですね。ここ4〜5年は介護領域に魅力を感じた人たちや、「千葉で働きたい」と考えた人たちが集まっています。職種でいうと技術者が多く、あとはバックオフィスや営業が何名かいるという感じです。

−−ありがとうございます。最後に、これから新たなサービスを立ち上げる方へのアドバイスをいただけますか?

「自分の思い込みを無くすこと」が大切だと思います。
開発者はプロダクトを愛するあまり、ユーザーの苦言から目を覆ってしまうことが少なくありません。勇気を持って、プロダクトのだめな点を直視する必要があります。

実際、私は自分の20代を全部費やして排泄センサーをやってきました。

熱量といえば聞こえはいいですが、“暑苦しい”くらいの想いがあり、ユーザーさんや周りのみんなからの改善点の指摘に対して、無意識に耳を塞いでしまうことがあるんです。

これは、一生懸命にやっていればいるほど陥ってしまう危険性があると思います。

ですので、事業やサービスを牽引する熱量を維持しつつ、その思い入れがサービスの邪魔をしないようにバランスを取らないといけないと考えています。

----宇井様、ありがとうございました。情熱を持ってそれを形にされた宇井様。

きちんと現場での経験と体感によって生まれた排泄センサーHelppadに纏わるエピソードと、介護現場をテクノロジーの力で繋ぐインタビューになりました。

in-Pocketでは引き続き、今をときめくベンチャー企業様へのインタビューを続けていきたいと思います。

株式会社aba
https://www.aba-lab.com/

 

in-Pocket編集部

i3DESIGN

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