サントリーの新しいビール『頂』の動画CMが「下品」な印象があるということで炎上した。確かに新しいブランドということもあり、バズらせるための挑戦だったのだろう。しかし、サントリーのような、いまや公共性の高い企業においては、「挑戦」をすると本来のターゲット以外の人々までも不快にさせてしまうというリスクがとても大きくなっている。
○サントリー『頂』
http://www.suntory.co.jp/beer/itadaki/
※今回のCMの『絶頂うまい出張』シリーズについては、公式ページでは公開されていない
先日はユニチャームのおむつのCMも一部では感動的だという評価もあったが,現在進行形でワンオペ育児をしている母親たちなどから「抑圧されている現実を賛美しないでほしい」という非難の声があがっている。
○ユニチャーム
『ムーニーから、はじめて子育てするママヘ贈る歌。 「moms don’t cry」(song by 植村花菜)』
https://www.youtube.com/watch?v=RSWiFlcXDkI&feature=youtu.be
女性向け炎上動画専門家の村山らむね氏は、「エンゲージメントの高いターゲットを不快にさせていないかは企業が今一番気をつけなければいけないところ」と語る。確かに、1000万人の人が感動したとしても,その企業の製品を愛している1万人を傷つけてはまったく意味が無い。もし新しいブランドでこういった「挑戦」をしたい場合は、資本関係も薄い企業体そのものを新規に立ち上げるぐらいのことが必要なのでは、とも思われるし、そうだとしても炎上のリスクは避けられない時代になってくるのだろう。
インターネット上でのコミュニケーションが容易になり,拡散力が強くなったことで、広告からのアプローチをはじめ、人々の行動変容を促すための様々な試みがされている。その試みの中で”感情に訴える”という手法がとても効果的であり,バズることも見えてきた。一方で、商品の機能のみを理性的に「優れている」と訴えても、拡散はしづらい。
とはいえ今回の件を読み解くまでもなく、感情に訴える手法は感動する人もいれば不快に思う人もいる可能性が高い、難しいものであることは忘れてはならない。
政治の世界でも、ソーシャルメディアの影響が大きくなったことで、論理的に政策を語るより、感情的に不満を持っている人を揺さぶることが効果的であるように思われてはいないだろうか。
今後も、手軽に人々に話題にしてもらおうと、怒りや性的なメッセージ、そして当事者の心情を考慮しない”感動”ストーリーなどの手法が、安易に繰り返されていくのだろうか。
テレビCMなどの不特定多数の人が受け身で触れてしまう公共空間ではもはや野放図な表現の自由は存在できないのかもしれない。一方で能動的にアクセスしなければ見ることのないインターネット上のメディアでは、多様な表現が生き残っていくのだろう。さらに許可制や会員制などのセミクローズドなメディアの存在もある。もしかすると、様々な条件をクリアした特定の会員制メディアであれば、企業も実験として過激な表現を行うことができる可能性もあるのだろう。それでも、社会的な配慮に欠けたメッセージを伝えていくことは、常にリスクがあることを忘れてはならない。
一方で簡単に炎上してしまう状況も課題だ。ACジャパンが制作した、桃太郎を題材にしながら、昨今のすぐに炎上してしまう風潮に警告するCMが話題になっている(ACジャパン『苦情殺到!桃太郎』)。炎上「させる」人は例えば、人を非難することで自分のアイデンティティを確認したり,自分が楽しく生きていない現状から目を逸らす側面もあるだろう。言いすぎかもしれないが、急速に一億総中流が崩壊する日本社会の歪みがそこにはあるのではないか。
炎上を少しでも回避する手段はないのだろうか。かなり極端なことを言えば、「日本人全員が人生が楽しいと思えること」を挙げたい。
さまざまな立場があり、多様な意見があるのが社会としても健全な姿だ。お互いを尊重し、思いやりながらも、多様な意見にも寛容になって「わかり合う」ことが大事である。ダイバーシティに配慮なき広告が一方であり、もう一方には非難できるところを見つけ次第、すぐに炎上させるようなささくれ立った人々がいるのでは、非常に生きづらい社会なのではないかと私は思う。できればすべての人が、笑顔で楽しいと言えるような、そんな日本であってほしい。